食物と免疫の関係を示す重要なメカニズム
食物にはアレルギーの原因となる各種のタンパク質が膨大に含まれており、仮にそれらを血液に注入すると、排除するための過剰な免疫反応が起きて激しいショック症状に陥ります。ところが、口から食物のタンパク質を摂取した場合は、抗体を産生するT細胞の働きが抑えられて、過度な免疫反応は起きません。つまり、腸管免疫系は口から入ったものの安全性と利用価値を見極め、受け入れる場合は免疫反応を抑制し、アレルギーが起きないようにしているのです。そうした現象を経口免疫寛容と言います。
経口免疫寛容の原理は昔からよく知られており、中国の古書にも幼いうちにうるしをなめさせるとかぶれが起きないという記述が見られます。そのような現象が免疫寛容の一種であると科学的に解明されたのは最近になってからのことです。
ヒトの腸管には約100兆個、約100種類の細菌が棲んでいますが、それらはO-157やコレラ菌と違って腸内免疫系によって排除されることはありません。
腸内細菌の細胞壁には免疫防御機能を賦活化する菌体成分が含まれ、腸内細菌が宿主の免疫系に重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。
たとえば、腸内細菌がいない無菌マウスでは抗体の産生が低く、また経口免疫寛容も誘導されません。ここから分かることは、ヒトと共生している腸内細菌は腸内免疫系の働きに不可欠なものであり、元来外部から侵入した「非自己」ではあるが安全で有益なものだと身体が認識しているということです。
ただ、腸内にはビフィズス菌やラクトバチルス菌のように身体に有益に働く細菌ばかりではなく、バクテロイデスや大腸菌など病原性のある細菌も棲んでいます。
そうした有害菌が免疫系によって排除されずに居ついていられるのは、なぜでしょうか?
それは、有害菌といわれる細菌も腸内での役割があるからだと考えられます。最近の研究では、腸内細菌の中で最も数が多いバクテロイデスは免疫の活性化に役立ち、腸内に侵入してきた病原細菌の排除にも協力していることが分かってきています。
腸内ではいろいろな細菌がモザイク状に入り交じって棲息していて、その様子は花畑に見立てて腸内フローラと呼ばれていますが、腸内細菌の力関係やパターンには個人差があり、それを決めているのも免疫系です。ある人は感染症にかかりやすかったり、ある人はアレルギーを起こしやすかったり、免疫の働きは個人によって異なります。そうした遺伝的な免疫系の差異が、腸内に棲息を許す細菌を選定していると考えられています。
ヒトの免疫の働きに多様性があるのは、生物のサバイバルの仕組みによるものです。いろいろな病原細菌の襲撃を受けたときにどれか生き残れる個体があるように腸管免疫系の働きにも多様性をもたせたと言えます。