腸管免疫と食事療法
生体における免疫能は、全身的な栄養状態と密接な相関性をもつことが知られています。低栄養下では、生体は容易にタンパク質・エネルギー欠乏状態 (Protein Energy Malnutrition : PEM)に陥り、体液性免疫では抗体タンパクであるガンマグロブリンの低下が、細胞性免疫ではT細胞を中心としたリンパ球の減少が著明となり、進行すれば全身の免疫能は高度に障害されることになります。
また一方、免疫能が低下すれば、腸内細菌叢の変化や消化管の退縮による消化・吸収能の低下が引き起こされ、さらなる栄養状態の悪化を導くという悪循環に陥ります。その結果、生体は全身性重症感染症に罹患して致死的な状況に至ります。このような栄養と免疫の深い連鎖性は、栄養素のfirst entry臓器であり、かつ生体内の最大の免疫臓器である消化管において、より顕著であると考えられます。
最近の研究では、この腸管の免疫学的防御機構の破綻が、感染のfirst eventである腸管粘膜内細菌移入(bacterial translocation : BT)という生体内への細菌の侵入を起こす原因となることが明らかにされてきています。
ヒトの腸管は広げるとテニスコート一面分の面積になり、そこに抗体をつくる全身のリンパ球の約60%が集中しています。鼻や目の粘膜に細菌が侵入・感染しても、その抗体は腸管でつくられますし、免疫力の弱い乳児に母乳を介して届けている抗体も腸管免疫系で作られたものです。最前線の司令塔として、身体を病気から守っているのが腸管免疫系なのです。
腸管には粘膜固有層や“パイエル板”という独特の免疫器官があり、上皮細胞間にはT細胞やB細胞とも呼ばれるリンパ球が集まっています。T細胞は、骨髄で前駆細胞が作られ、その大部分は胸腺で、ウィルスなどを殺すキラーT細胞や抗体(免疫グロブリン)を産生するB細胞などを活性化するヘルパーT細胞に分化して成熟細胞となります。
絨毛を持たない平板な組織であるパイエル板の下に胚中心は誘導されます。ここで腸管に大量に分泌されるIgA抗体が産生される仕組みになっています。それぞれの働きに関しては不明な部分が多いのですが、腸管免疫系の特徴は人体にとって安全なものと危険なものを判別し、危険なものだけを排除するという仕組みです。
パイエル板は、小腸、特に回腸粘膜下に存在する集合リンパ組織で、特殊に分化した一層の円柱上皮細胞によって被覆されたドーム状になり、未熟なB細胞(IgA 前駆B細胞)で占められた胚中心と、その周囲にはT細胞の集族した傍濾胞域が認められます。パイエル板は、粘膜免疫応答の誘導組織として、腸管上皮細胞や粘膜固有層には、その実効組織である腸管粘膜固有層リンパ(lamina propria lymphocytes : LPL)、腸管上皮間リンパ球(intraepithelial lymphocytes : IEL)が存在し、巧妙な関連性を保ちながら、生体防御機構の一翼を担っています。
体液性免疫機構として粘液中に分泌される分泌型IgAは、パイエル板に存在するIgA前駆B細胞から分化した形質細胞によって産生され、殺菌作用はないが、病原微生物coatingすることにより遮断抗体として作用し、異物の侵入を排除する最前線の防御を担うと考えられています。
粘膜固有層で産生されたIgAは、二量体の形で直上の粘膜上皮細胞に取り込まれ、そこで分泌成分(secretary component : SC)と結合した後、分泌型IgAとして腸管上皮細胞から管腔内に分泌され、抗原の腸管上皮への接着を抑制して侵入阻止に働きます。
そして、腸管上皮間リンパ球(IEL)とその機能腸管上皮には、その基底膜側に約6個の上皮細胞に1個の割合でリンパ球が存在する事が知られています。
このリンパ球はIELと呼ばれ、ユニークな機能を有することが明らかにされてきました。
IELの機能は、腸管上皮の恒常性維持、経口感染に対する局所防御能、食物抗原に対する免疫制御の3つが挙げられます。古くなったり、異物によって損傷を受けた上皮細胞に対して、IELはパーフォリンやアポトーシスにより排除する一方、ケラチン増殖因子(keratinocyte growth factor : KGF)を産生して腸管上皮細胞の増殖を促進(粘膜上皮細胞の更新機構 : renewal system)します。
また、腸内細菌や食物抗原に対してインターフェロン(IFN-γ)や腫瘍壊死因子(TNF-α)を分泌して、直接の侵入に対して局所感染防御を担ったり、腫瘍増殖因子(TGF-β)産生によって食物抗原に対するアレルギーを制御する機構(経口免疫寛容 : oral tolerance)にも関与していると考えられています。